矛先は常に自分

F.Y.Mコンテンツが完成してそれをやってみると、この点も解決することができるけど、何をする上でも自分に対して起きたことについて、それは自身に責任があると思うのは当たり前です。責任というのは社会通念上の責任じゃなくて、事象に対する矛先を自分に向けろってことです。
具体的に言うと、仕事にしても、お金のことにしても、人間関係のことにしてもその状況・状態を作り出したのは自分自身って思うということ。こんな話をすると自分が責任を取りたくないからそういうことを言うんだろうって邪推する人がいるけど、そういう人は捻くれてるなぁって思う。

僕がこの話をするのは、これから個人がメディアとなる「”新”メディア時代」になっていくと見てるから。もちろん言い方としてはいろいろあって世間一般的には「信用経済社会」とも言います。「”新”メディア時代」という言い方は少し具体的にした形なので、これはまた次の機会に話したいと思うけれど、その時代に大切な考え方が「矛先は常に自分」ということ。
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それがなぜかと言うと、これからは本当にこれまでの昭和のサラリーマン的な生き方は通じていかなくなっていく。簡単な仕事はAIに代替されるようになるし、オートメーション化もどんどん進んでいくわけで。誰しも一度はそういう世の中になるだろうってニュースを見たことあると思います。
こういう世の中になっていくと、人間は価値を生み出す仕事しかできなくなる。人の感情の機微とかを読み取ることや新しいものを創生するのは機械じゃ難しいですからね。そうすると常に世の中の時流や人々の興味関心を捉えていく必要があって、そこに自分の経験を上乗せするという形で新しいコンテンツを生み出していくということが当たり前になっていきます。それをできる人が社会的に価値のある人に、今よりなっていくでしょう。その際、「矛先は常に自分」という考え方が定着していないと、成長機会を逃していることになるから他に対して圧倒的に不利。というか無理。
でもこの考え方ができていると、問題が起きてもそれを前向きに捉えられる。そしてその問題という壁を乗り越えることで、一気に成長することができる。その経験に自分なりの解釈を加えることで、それはオリジナルのコンテンツになり得るわけです。そのコンテンツは誰かの助けになるんですよ。そしてそれはビジネスにもなる。
遊びや経験が仕事になるっていうのはこういうことです。
ただ、そのためにはこの考え方が必要不可欠なんです。

それにこの考え方ができるだけで、今の日頃の様々な問題に対しての向き合い方が変わっていきますよ。そうした問題に対する捉え方が変わるだけで、それは自分のとても大切な成長の養分になるし、それに合わせて現実も変わってきます。
夫婦や家族間の仲が改善されたり、仕事がうまく回るようになったり。
僕も日々精進して言い聞かせてます。
でもこの考え方が身につくと楽しいですよ、全てが成長の機会なんですから。

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